臨床・実践に関する研究(課題研究)

2023年度研究

  • 市における心理職の役割に関する実態調査

    研究代表者名 八木 安理子(同志社大学 心理学部)

    1. 目的
     市町村は令和6年度にはこども家庭センターを設置し、すべての妊産婦から子育て世帯、子どもへの包括的な支援を担うこととなる。虐待が起こってからの対応にとどまらず、子どもの発達や行動面等の様々な相談を受け、予防的支援から虐待による子どもの発達や心理機能への影響のをアセスメントとその回復に向けた心理的支援、および親子の関係調整等が必要とされる。近年では心理職が配置されるようになる一方で、市町村における心理職の役割はも明確化されておらず、行政組織として活用に困惑している状況や、心理職側も期待される役割が不明確なために戸惑いや孤立に陥り、結果的に心理職を効果的に活用できていない状況もみられる。
     そこで本研究は、全国の市(政令市・町村を除く)に対して心理職に関する実態調査を実施した上で、心理職の現状や役割を把握し、いくつかの市にヒアリングを行い、心理職の役割や心理的支援の実態、課題を分析することにより、これからの心理職の役割や効果的な活用を明らかにすることを目的とする。

    2. 研究の内容
     全国調査では、事前にある都道府県における心理職への調査を実施したうえで、調査項目を決定し、全国の市町村のうち特別区、政令市、児童相談所設置市(中核市)、町村を除いた768市を対象に調査票を配布し、回収方法は郵送及びデータでの提出とした。調査項目は地域の人口規模、児童人口、相談受付件数、要保護児童対策地域協議会の登録数、要保護児童対策地域協議会登録ケース数、職員体制(資格、雇用形態、経験年数)などの運営環境、及び心理職の担っている役割と「心理職からみた『心理職に必要な役割』」に関して選択肢からの選択および自由記述で回答を依頼した。また、「上席(管理職)からみた『心理職に必要な役割・期待する役割』」についても上席に対して選択肢からの選択および自由記述での回答を求めた。
     ヒアリング調査は、心理職による効果的で先進的な展開がはかれており、ヒアリングを実施するにあたり可能な状況を踏まえ、7市を抽出した。事前に送付した質問項目に従って、半構造化面接によるヒアリング調査を実施したのち、上席職員には15分程度のヒアリングを行った。
     全国調査の自由記述やヒアリング調査については、テキストマイニングの分析を行い、全国調査はKJ法による分析も行った。
     全国調査の結果では、768市のうち320市より回答があった(回答率41.7%)。心理職の設置状況は子ども家庭総合支援拠点の分類である中規模以上が100%であるものの、全体では36%と約3分の1しか心理職は設置されておらず、半数がひとり職場となっていた。経験年数が3年未満の市が約半数という状況であったが、厚生労働省調査の虐待対応職員に比べると10年以上の経験者は倍を超える14.8%という結果であり、比較的心理職は経験年数の長い職員も存在することがわかった。自由記述からは、身近なモデルがない中で手探り状態なため、孤立しがちという意見や現場の理解が進んでないという意見もあった。業務内容が、見立てや関係機関のコンサルテーションから、ケースワークや要保護児童対策地域協議会の事務局等多岐にわたっていることもあって、「個別の心理支援ができない」「専門性が発揮できない」といったジレンマも散見された。また、心理職が足りない等の人員不足であることや、小規模型ほど面接やプレイセラピーの場所がないなど環境的な課題も挙げられていた。
     ヒアリング調査では、7市のうち、要保護児童対策地域協議会を含む虐待対応と子ども家庭相談を分けず心理職を配置している体制と、要保護児童対策地域協議会対協を含む虐待対応と子ども家庭相談が別の課や係などに分かれておりそれぞれに心理職が配置されている体制の二つの種類があった。役割としては、アセスメントや保護者面接といった狭義の心理的専門性に加え、それに基づく関係機関や職員への支援、ソーシャルワーク的役割と心理職が幅広く様々な役割を担っている様子がうかがわれた。また、今後期待される役割として、「アウトリーチ型子ども面接」「子どものアドボカシー・エンパワメント」等の子どもへのアプローチの充実、子ども支援プログラムの導入、子どもや家族を支える現場の職員を支える関係機関支援などが挙げられていた。いずれもソーシャルワークや子どもの権利の視点や、プログラム等多面的な視点で心理職に必要な役割と捉えていたことがわかった。

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  • 乳児院において特別な配慮を必要とする子どもの実態調査―アタッチメントとトラウマ等の問題を抱えた子どもたち―(第1報)

    研究代表者名 武田 由(きょうと里親支援・ショートステイ事業拠点(ほっとはぐ))

    1.目的
     乳児院入所に至る子どもの中には、病虚弱児に加えて、虐待や不適切な養育によるアタッチメントやトラウマ等の心の問題を抱えた乳幼児が少なくない。これらの課題は、その後の健全な発達を阻害する要因ともなるため、特別な配慮を必要とする子どもたちであり、入所直後より、回復に向けた濃密な支援を行う必要がある。本研究は、こうした心の課題を抱えた乳幼児が、全国の乳児院にどれだけ存在し、どの程度の問題を抱えているのか等、アタッチメントやトラウマも含めた子どもの心の課題を把握する。また保育所等に通う乳幼児においては、乳児院に比べて心配な行動を見せる子どもは少ないと予想されるが、それでも一定数心配な行動をみせる子どももいると考えられる。そこで、乳児院・保育所それぞれの乳幼児の心の課題について実態を把握するとともに、両者の比較を通して尺度の妥当性の検討を行う。その結果を踏まえ、乳児院役割の重要性及び、支援体制を整える必要性について明らかにすることを目的とする。この目的のもと、2023年度は子どもの心の課題を把握できる項目の検討を行い、質問紙を作成した。

    2.研究1
     研究1では、既存の測定法の概観と子どものSOSサインデータの再分析を行った。測定法の概観から低月齢児に対して簡便に使用できる測定法がないことを確認した。また再分析からSOSサインの個数は妊娠期や入所理由から判断されるリスク、トラウマ反応、アタッチメントの阻害と関連しており、子どもの心配な行動を捉えていることが確認された。ただし、未回答や回答不可の割合が多い項目や子どもの日齢や調査時期で未回答・回答不可となりやすい項目も多く見られたため、項目表現の修正を行った。

    3.研究2
     研究2・3では、より現場で使いやすく役立てられるものにするために、予備調査として乳児院、保育園それぞれにヒアリングを重ねた。研究2では、研究1で作成した項目案を実際に乳児院・保育園の職員に示し、どのような行動を項目案からイメージするか、より適切な表現があるか等をヒアリングし、その内容を踏まえて項目を精査し、具体的な行動がイメージできない項目についてはより意味が通るよう表現に修正を加えた。

    4.研究3
     研究3のヒアリングでは、研究2で修正された項目をもとに質問紙を作成し、乳児院・保育園の現場の職員に実際の子どもについて試行実施を依頼し、項目の最終精査を行った。項目の具体例の提示の仕方から、情報収集が難しい場合や、月齢的に回答が難しい場合などのチェックボックスの追加など、回答のしやすさを追求し、より養育現場で使用しやすいように検討し、質問紙に修正を加えた。

    5.総合考察
     保育園では、乳児院と生活形態が異なるため、項目によって答えやすさや答えにくさに関する内容が異なる部分もあるが、問われている内容からその子どもが示す特徴をイメージし捉えることが可能であれば、ある程度の状態像を把握することが可能であると考えられた。乳児院の現場では、今回提示された項目については容易に具体的な子どもの姿が想起されたことからも、これまでに関わってきた子どもたちとその親、家族の支援を通じて、様々な経験が蓄積されていることが想像された。
     本研究で検討してきた子どものSOSサインは乳児院で蓄積されてきた経験をもとに作成された子どもの行動のリストであり、それを元につくった項目群は子どもの心の課題について関係性の評価や子どもの体験に力点を置いたものとなっている。もちろんこの質問紙は子どもの状態像を全て網羅するものではない。しかし、このような項目が用意されることで様々な背景をもつ乳幼児を見立てる視点がより明確になり、それを第3者に説明したり理解を促したり、入職者の育成も含め視点を職員間で伝達していく上でも役に立つと考えられる。ひいては全国的に乳児院の子どもの状態像に関するデータを入所時から経時的に蓄積することで、乳児院がどのように機能しているのか、社会的に乳児院の現状を伝えるときの根拠ともなりうる。
     来年度は、虐待や不適切な養育によるアタッチメントやトラウマ等の心の問題を抱えた乳幼児が全国の乳児院にどれだけ存在し、どの程度の問題を抱えているのか、今回作成した項目を用いて実態を把握する。

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