臨床・実践に関する研究(課題研究)
2006年度研究
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被虐待児における音楽療法の適用
研究代表者名 長田 有子(チャイルドリサーチネット)
本研究は、情緒障害児短期治療施設の被虐待児における3年間に及ぶ音楽を用いた SST(ソーシャルスキルトレーニング)と個人療法のセッションの結果をまとめたものである。情動の発達過程から子どもがストレスを受けた時に対処する方法として2つの様式が存在することが指摘されている(Lazarus,1994)。
3歳未満に虐待を受けると視聴覚を閉じることで自分を守ろうとし、5歳未満にて虐待を受けると言葉の意味の解釈で自分を守ろうとする。例えば「自分は悪い子だからこうされる」と自尊感情を低めることによって状況の再評価を行う。この事から低学年の療法において視聴覚を広げる目的によるセッションを行い、また中高学年の療法においては歌詞の意味によって自分の気持ちや感情に共感できる部分を発表することにより、自尊感情を高めるセッションを行った。視聴覚を広げるセッションにおいて1年間月2回のセッション回数においての結果は、視覚(①形の区別、②視覚的記憶、③空間位置の区別、)聴覚(①聴覚的注意、②聴覚的記憶、③音の聞き分け)、粗大運動(①姿勢の維持)、行動/情緒(①過度の緊張、②多動性)において5%水準で統計的な有意差が認められた。また意味の解釈におけるセッションにおいても1年間同数行った。セッション前におけるEQ検査の結果は、どれも本人個人評価が高く自分自身の正当な評価が難しく高得点になっていたが、セッション後数値が低くなり、自分自身の欠点も認められる正当な評価になった。この事により自尊感情を高めるためにはありのままの自分を受け止める許容も必要だということを知ることができた。
この研究後も施設から里親に養育されている個人セッションも行っており、半年でIQ40も伸びたケースがあり、より早く被虐待児の幼児期に視聴感覚を広げるセッションを行うことにより、能力の向上が可能であり養育家庭においての負担を軽減できると思われる。 -
被虐待児への学習援助に関する研究―被虐待児の認知に関する研究―
研究代表者名 宮尾 益知(国立成育医療センター)
被虐待児において認知障害が生じ、学習および行動に様々な問題を生じることはよく知られている。行動の問題に関する研究は比較的多く認められ、それなりのコンセンサスも得られている。一方、被虐待児が学習の困難を有し、知的レベルに比しても明らかな学習困難がどのような機序で起こっているのかについての研究は全く行われていない。われわれは、被虐待児の認知発達の特性を解明し、学習困難の病態を解明し、治療につなげていくために研究を始めた。
研究課題1:虐待と学習効果
学習意欲、読み書きと算数の数概念、注意集中などに問題があることを指摘した。
研究課題2:CBCLなどのチェックリストによる状態像の把握による探索的研究
CBCLにて、4つのタイプに分類できた。CDCにては心理職と生活指導員において差を認めた。DAMでは、身体イメージのゆがみが不適応状態と相関していた。
研究課題3:前頭葉機能障害と学習効果
遂行機能には問題を認めなかったが、WMに問題が認められ、ADHDとの差異が明らかになった。
研究課題4:視空間手続き学習課題
個々の児童によって認知的処理にも差異があり、その違いにもいくつかのバリエーションがあることが証明された。 -
被虐待児への学習援助に関する研究―被虐待児の学習支援に関する研究―
研究代表者名 髙田 治(横浜いずみ学園)
虐待が子どもに与える悪影響は、心理的な問題以外にも様々な領域で見られることがわかっている。学校での不適応も多くみられるが、学習における成績不振もその一因と考えられる。子どもにとって学業成績は、自己評価を大きく左右し、進学、就職など将来を左右するものである。被虐待児の支援は心理的援助が注目されるが、学習支援も実際は大きな意味をもつと考えられ、学習ボランティアなどによる学習支援は行われているものの、その成果は芳しくない。
本研究は被虐待児の学習支援方法を探求することを目的として3年間行われた。1年目は、施設内での一対一の学習支援に関する難しさを学習ボランティアの大学生数人から聞き取り、苦手で出来そうもない課題を避けようとしたり、取り組もうとしても集中力が続かない様子など学習の構えに関する問題、教授者になかなか慣れない、教え方に合わせられないなどの教授者との関係の問題などが見出された。
2年目は1事例の学習支援の経過から発達障害のような傾向が見られ、それに合わせた支援の必要性を示した。
3年目は1事例の学習支援場面を毎回録画し、スーパーバイズを受け次の支援に生かすことを約1年間行い、その経過を報告し、考察を加えた。その児童は英単語の綴りが殆ど覚えられないことから、ディスレクシアであることがわかり、その視点からの考察も行った。被虐待児の中には学習障害などの認知機能上の問題がある子どもたちがおり、子どもの認知的な特徴、学習の構えなどを考慮した支援が必要であることを示した。しかし、本研究ではより効果的な支援方法の開発には至らず、今後の課題である。 -
児童虐待における援助目標と援助の評価に関する研究―情緒障害児短期治療施設におけるアフターフォローと退所後の児童の状況に関する研究―
研究代表者名 滝川 一廣(大正大学)
虐待を受けて治療を要する状態となり情緒障害児短期治療施設(情短)に入所した児童が、改善・成長のみならず、退所して施設の保護から離れても社会生活を送れることが重要である。
本研究は、平成12年から平成16年まで行なった5年間の縦断研究に引き続き、情短退所後の児童の状態を把握して、情短のケアの有効性や退所後のフォローアップのあり方を検討することを目的として行なった。上記の縦断調査の対象児童(全国全17施設に2000年9月に在所していた児童、571名)について、2種類の質問紙を作成し、一方は施設を介して本人または家族に、他方は施設の職員に記入を依頼して退所後の実態を把握し、更に、入所前のリスクアセスメントから入所後毎年および退所時までの縦断調査結果(心身の健康・発達や行動など174項目)と併せて解析した。情短のケアの有効性と問題点を、わが国で初めて全国の全情短施設を対象とした調査に基づいて検討したもので、報告書には詳細な結果と図表の他、本人・家族の情短を利用した感想も掲載した。
退所後の状態は、被虐待児の4割、非被虐待児の7割が家族と生活し、一定期間の家族からの分離と適切な治療により家族再統合が可能なケースも多々あることが示され、8割以上が就学または就労して登校・出勤しており、種々の心配がありながらも社会適応している様子が示された。また、入所で治療効果があった児、成長により退所した児は退所後の状態も良く、情短におけるケアが被虐待の有無に関わらず、一定の効果を果たしていると考えられ、環境療法の有効性が確認され、今後の充実が期待される結果となった。
今後の課題として、中学卒業前に退所した児童の中学卒業までのアフターケアの必要性、退所後、特に2年間のフォローの重要性、治療を中断して退所した事例のフォローのあり方、医療ケアを要する児童の退所後の医療との連携、自己評価の低い児童への支援、実社会で生きる力の育成、などが浮き彫りとなった。 -
児童虐待における援助目標と援助の評価に関する研究 被虐待児童の施設ケアにおける攻撃性・暴力性の問題とその対応―情緒障害短期治療施設での事例分析的研究―
研究代表者名 滝川 一廣(大正大学)
本研究は、情緒障害児短期治療施設に入所した重い被虐待児が、施設内で示す子ども同士あるいは職員への激しい攻撃や暴力への具体的な対応を研究したものである。「児童虐待に対する情緒障害児短期治療施設の有効活用に関する縦断研究」(平成16年度)において、被虐待児のさまざまな問題が施設ケアを通して改善する道筋を長期に継時的に分析し、攻撃性・暴力性へのケアが大きなポイントになることを明らかにしたが、本研究はそれを踏まえ、実際に激しい暴力の起きた諸事例の詳細な事例検討を通して、そのケアの実践的なノウハウを具体的に研究した。
被虐待児の暴力行動は、受けてきた暴力の再現やPTSDの症状など子どもに内在する問題として捉えられやすい。しかし個々の暴力事例をていねいに分析すると、①ケアの目的や見通しなどの事前の合意、②子どもの生育歴や現況への理解、③施設の治療構造・生活構造のあり方、等に何らかの不備があったなど、むしろケアをする側の手続きやシステム上の不備が、暴力を引き出したり拡大している側面が明らかになった。換言すれば、それらの不備をなくす方策があれば、暴力の予防・軽減が可能となる。本研究では、それらのポイントを検討し、その方策を具体的に詳述した。
次に実際に暴力が起きた場合の危機介入を検討し、①その子自身をみずからの激しい暴力性・破壊性から護る、②まわりの子どもたちの心身の安全を護る、③スタッフを消耗・燃え尽きから護る、の3つを主眼にその具体的な方法とシステムづくりを示した。
被虐待児が示す攻撃性・暴力性の問題は、その対処だけに力を注げばよい問題ではなく、施設ケアが、①入所から退所して家庭や社会に居場所を得るまでの長期的な視野に立った支援であること、②たえず当事者の子どもを理解し直し、子どもとの合意をとり直しつつ進められる支援であること、この2点の重要さを示す問題と考えられた。暴力の問題に焦点をあてながら、2点について具体的・実践的にどうすればよいかを掘り下げる研究となった。