臨床・実践に関する研究(課題研究)

2010年度研究

  • 児童相談所の医務業務に関する研究

    研究代表者名 小野 善郎(和歌山県精神保健福祉センター)

     子どもに関する広範な相談に対応する児童相談所の業務において、精神科医に期待される役割は大きく、特に近年の虐待相談の増加を受けて常勤の精神科医を配置する児童相談所も増えてきているが、児童相談所の医師の業務内容については、児童福祉法制定以来今日まで具体的な指針が示されたことはなく、児童福祉司や児童心理司などの他の職員と比べて、常勤で勤務する医師の組織内での位置づけや業務内容は不明確な状況が続いている。本研究はこれまで十分に検討されてこなかった児童相談所における医師の業務に焦点をあて、児童福祉領域で医師が専門性を十分に発揮できるような枠組みを明らかにすることを目的に実施された。研究は2年計画で実施され、初年度の平成22年度は医務業務に関する資料調査、全国の児童相談所での常勤医師の配置状況の調査、常勤医師の業務内容についての聞き取り調査を行い、児童相談所の医師の現状と課題を検討した。
     その結果、児童福祉法制定から現在までの児童相談所運営指針などの資料から、医師は一貫して必須の職員と位置づけられているものの、具体的な業務内容についての記述は乏しく、他職種と比べて曖昧なまま現在に至っていることが明らかになった。現状については、平成22年度には全国で26カ所の児童相談所に45名の常勤医師が勤務していたが、兼務の医師も多く、週4日以上児童相談所に勤務している医師は27名のみであった。医師の業務は主に子どもの診察、子ども・保護者への指示・助言・指導、児童福祉司への助言・指導・研修であったが、現場の医師からは、業務の多様性や基本的な指針の欠如、研修・スーパーバイズの機会がないこと、組織内での位置づけの不明確さなどが指摘された。
     これらの結果を踏まえて、次年度には児童相談所の医務業務の指針を策定する予定であるが、今年度の報告書は、児童相談所の医師の歴史的経緯と現状を理解する資料としても活用できる内容になっている。

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  • 被虐待児の援助に関わる学校と児童養護施設の連携(第2報)

    研究代表者名 保坂 亨(千葉大学教育学部附属教育実践総合センター)

     この第2報では、第1報からの継続的研究課題として、学校との情報共有を中心とした児童養護施設への面接調査、校区の小中学校における特別支援教育の運用実態とその活用方法、高校教員への面接調査をもとにした施設の子どもたちへの進路保障について取り上げた。その結果は、以下の通りである。
    (1)  全国12施設のインタビューを通じて、施設が学校、そして地域と積極的につながろうとしていることが示された。ただ、学校における学級担任の交替、また施設における担当職員の交替など、施設入所児を取り巻く状況の変化が大きいことを考えると、校区に施設を持つ学校への「加配教員」配置が求められる。実際に配置されている学校-施設間連携からも、「加配教員」(例えば、特別支援コーディネーター)が安定的な連携窓口として機能していることが明らかとなった。
    (2)  特別支援学級の設置状況は自治体によってばらつきがあり、地域の方針が大きく影響していることがうかがわれた。このため、特別支援教育を必要としている施設入所児が通学区域外の学級に通学している場合もある。特殊教育から転換した特別支援教育への否定的なイメージとグレーゾーンの子どもたちの誕生、それにともなう用語の混乱(「通級」や「取り出し指導」など)についても合わせて指摘した。
    (3)  高校専門学科の担任教師への面接調査からは、専門学科では施設から通学する生徒に対してきめ細やかな指導が行われ、生徒の適応も良好であることが明らかになった。我が国では専門学科への進学率は諸外国に比して高くないが、実験や実習といった体験中心で、少人数の班編制を学習に取り入れている専門学科の教育は、虐待を受けた子どもの高校適応、また自立支援という観点からも大きな意味があると考えられる。

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  • 児童養護施設における心理職のあり方に関する研究

    研究代表者名 増沢 高(子どもの虹情報研修センター)

     本研究の目的は、1999年に児童養護施設に心理職が配置されてから10年以上が経過した現状において、これまでの実践や体験を整理することによって、今後の児童養護施設に求められる心理職のあり方について一定の示唆を得ることである。児童養護施設で勤務している100名の心理職を対象に、仕事の魅力や困難性、生活場面での支援のあり方や職員チームの構築について工夫している点などを、質問紙調査によって尋ねた。協力者の回答を、統計的な手法と質的な方法によって分析し、経験年数(3年未満と4年以上)と勤務形態(常勤と非常勤)による比較を行った。その結果、①児童養護施設の心理職ならではのやりがいや魅力については、生活に近く、子どもの成長に長期にわたって寄り添えることの利点が強調されていた、②協力者の多くが、子どもや職員との関係の構築、パニックやトラブル時の関わり、生活場面と面接場面をつなぐことができるなどのメリットから、生活でのかかわりの有効性を感じている一方で、有効さを感じていない協力者も2割ほど存在した、③経験の浅い心理職は、チームの一員として認めてもらうために職員との関係形成に重点を置く傾向があったが、常勤で経験の長い心理職は施設全体がどうあるかを考え、個別心理療法は子どもの回復と育ちを促す手段の一つとして相対化されていく、といったことが浮かび上がった。今後の課題としては、児童養護施設において生活を基盤にした治療的機能や構造の構築、その中での心理職の役割の明確化が挙げられた。

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  • 情緒障害児短期治療施設における性的問題への対応に関する研究(第1報)

    研究代表者名 滝川 一廣(学習院大学)

     本研究では、児童福祉施設における性的問題の現状と課題、また対応方法について検討することを目的として、全国の情緒障害児短期治療施設全37施設を対象にアンケート調査を行った。調査項目は、全入所児に対しての、性的問題行動(全22項目)の有無、性的問題以外の問題(全19項目)の有無、施設の構造や対応のあり方などの取り組みに関する項目(自由記述含む20項目)、性的加害問題の有無とその対応に関する項目(7項目)である。
     その結果、性的問題行動としては「ベタベタする、会話の際に相手の身体に触る」「卑猥な言葉、性行為に関する声を出す」「他人の性器やプライベートゾーンに触る」「異性への過剰な関心、過剰に親しくする」「性描写への過剰な反応」「実習生など知らない大人にすぐに抱きつく」が全入所児童の1割以上に認められた。また、性的問題以外の問題としては、心的発達や対人関係上の未熟さが3割以上の子どもに認められた。こうした未熟さは、性的問題化の抑止力の脆弱さと関連し、性的加害-被害が起きやすい状況を後押ししやすいことが懸念される。調査では、過去3年間で約7割の施設が性的加害の問題を経験していることが分かり、加害問題を未然に防ぐには、性教育や性被害に気づく試み、そのための情報収集、関係機関との連携、さらには施設の構造などが重要であることが指摘された。
     次年度研究では、これらをふまえ、具体的な事例を通して、問題発生のメカニズムを分析し、未然防止の手立て、問題発生時の早期かつ適切な対応のあり方、性的問題を抱えた子どもへの治療的支援のあり方についてさらに検討を深める方針である。

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  • 「親子心中」に関する研究(1) 先行研究の検討

    研究代表者名 川﨑 二三彦(子どもの虹情報研修センター)

     いわゆる「親子心中」によって子どもが死亡する事例は、児童虐待の一つの形態として「社会保障審議会児童部会児童虐待等要保護事例の検証に関する専門委員会」が実施している「子ども虐待による死亡事例等の検証」の対象となっており、その数は、他の虐待死亡事例件数と比較しても決して少なくない。したがって、虐待死の最たるものとさえ言い得るこのような死亡事例をなくしていくことは、私たちの社会に課せられた大きな責務であると言えよう。
     ところが、現在も「親子心中」に関する公式統計はなく、わが国における正確な実態把握が事実上不可能である上、具体的な事例に即した検証を行おうとしても、加害者が死亡している場合には追跡調査の手がかりを失い、原因の追及等が壁に突き当たってしまうため、防止策を検討することも簡単ではない。
     そこで本研究では、あらためて「親子心中」の実情に迫り、今後の防止に寄与することを目的とした。
     研究は3年計画とし、初年度となる平成22年度は、戦前、戦後の先行研究を収集、分析した。多くの論文があるとはいえ、先に述べたように公式統計がないことや研究者の関心の向け方がさまざまであることなどから、各論文を比較検討することには困難もあったが、本研究によって、大正の末年頃から急増したといわれている「親子心中」が、さまざまな呼称で呼ばれていること、戦前、戦後を通じて母子心中がもっとも多いこと、原因、動機は明確にとらえがたいが、時代によって変遷していること、また母子心中と父子心中、一家心中などではその原因に違いがあると思われること、ほとんどの場合は血縁関係の間で生じ、非血縁での「親子心中」はまれであること、我が国独自のものとする見解が多く見られたが、諸外国にも存在すること等々が明らかとなった。
     こうした結果をふまえて、今後は現代における「親子心中」の実態を可能な限り明らかにし、さらには具体的な事例分析を行うことで、さらに深く分析を行い、防止策を検討する予定である。
     なお、本報告書の末尾には、「親子心中」に関連する戦前、戦後の書籍、文献等を150件あまり掲載しているので参考にされたい。

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  • 乳児院における子どもの社会情緒的発達を促進する生活臨床プログラムの模索

    研究代表者名 青木 紀久代(お茶の水女子大学)

     本研究では、心理職が乳児院の現場で働くことを前提に、生活の場に適合する子どもの社会情緒的発達支援のためのコンサルテーションの方略を検討した。この支援のために本研究で特に重視したものは、担当養育者と子どもの関係性を育てることである。すなわち、コンサルテーションでは、担当養育者側の子どもに対する「間主観的な関わり合い」について、担当養育者自身が様々な気づきを得ながら、子どもの感情を深く理解し、共感する態勢を強化していくことが含まれる。そしてそれは、子どもにとって特別なものではなく、毎日の何気ない生活場面で確認でき、繰り返し体験可能な相互交流の中で行われることが望ましい。
     そこで、食事介助場面でのコンサルテーションという設定を作り、3名の子どもを1年間フォローすることとした。コンサルテーションは、ビデオカンファレンスの形式とし、対象児と担当職員との相互作用場面のビデオ記録を再生しながら、担当養育者の体験を共に振り返った。話し合いの記録は全て逐語に起こし、資料として報告書に掲載した。同時に、発達検査、養育記録などの資料を継続して収集し、子どもの発達と養育者らの子ども理解の変遷を記録した。さらに、全プログラム終了後、担当養育者3名に対し、事後インタビューを行った。
     これらの資料の分析から、日常生活における子ども-養育担当者の関係性に働きかける介入によって、子どもの社会情緒的発達を起点とした様々な領域の発達が促進されるプロセスを把握することができた。
     この他にも、これらの実践経過の検討を通して、心理職並びに養育を行う職員への専門研修に必要な課題を抽出する試みも行われている。

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