臨床・実践に関する研究(課題研究)

2017年度研究

  • 嬰児殺が起きた「家族」に関する実証的研究

    研究代表者名 川﨑 二三彦(子どもの虹情報研修センター)

     日本の虐待死亡事例において犠牲になる子どもの年齢として最も多いとされるのが「0歳児」である。本研究では、『平成27・28年度研究報告書嬰児殺に関する研究』(以下、「H27・28年度嬰児殺研究」)の目的を一部引き継ぎ、母親が加害者となった0日児の虐待死亡事例を対象に、加害者である母親が置かれていた状況を明らかにするとともに、死亡事例をなくすために必要な社会的支援について検討することを目的とする。
     研究方法では、対象は「H27・28年度嬰児殺研究」の5事例(①~⑤)と、2008年度から2017年3月までの間に発表された地方自治体による死亡事例検証報告書から確認できた4事例(A~D)の計9事例である。分析方法には3つのアプローチを用いた。第1に、先行研究で指摘された社会背景をベースに、mvQCAを用いて、どのような社会背景が組み合わされると嬰児殺が起きるのかを析出した。
     第2に、ABC-X理論を用いて、対象事例に共通してみられる母親とその家族の生活状況と家族の問題解決のパターンについて検討した。第3に、エスノメソドロジーの視角から、母親が妊娠の事実を「誰にも相談しなかった」と理解されてゆく軌跡を検討した。以上より、加害者たる母親の置かれていた状況を捉え、死亡事例をなくすために必要な社会的支援について検討を行った。
     結果は、第1では、新生児殺に至る2つのパス(道筋)が析出された。具体的には、①家族生活に経済的な困窮があり、加害者(母親)が家族やパートナー(父親)に対して葛藤を抱え新生児殺がおきるというパス(7事例)、②経済的な困窮やプレッシャーはないが、加害者がパートナーや同居家族に対し葛藤を抱え新生児殺がおきるパス(2事例)だった。
     第2では、対象の5事例が3つのカテゴリーに分類された。具体的には、経済的困窮が背景にあり、①低所得を多就業によって補う家族で、子育てのパートナーは父親だが母親が出産・育児に経済的な負担から同居の祖父母に負い目を感じ犯行に至った型(2事例)、②貧困状況にあり、父親は不在で子育てのパートナーを母方祖母もしくは祖父が担う家族で、母親の性産業で家計を支える型(2事例)、そして、安定就業の家族だが、③父親の連絡が途絶え途方にくれた母親が妊娠を秘匿し、社会的不名誉を避けるため犯行に至った型(1事例)だった。
     第3では、新生児殺事件の裁判過程で、加害者となった母親の妊娠の秘匿について、しかるべき相手に相談しなかった状況を、「相談すべき者/相談すべきではない者」に関する社会的知識が動員される仕方を明らかにした。加害者(母親)によるパートナー(父親)への妊娠の相談が適切か否かでは、社会通念に準じて両者がカテゴリー化され、双方のカテゴリーの親密度に応じて、一連の行為が理解される傾向にあった。新生児殺に至る背景を解明する際には、裁判過程の基準を離れ、母親と父親の双方の行動に基づいたストーリーを改めて理解する必要がある。
     以上から、嬰児殺は、経済的基盤が脆弱で嬰児の父親又は同居家族に葛藤がある状況で、母親に家計や家事、育児といった主たる家族生活の運営を担う負荷がかかり、他の家族成員に相談することができなかった型がある一方で、経済的な困難はないが、母親の未熟性と嬰児の父親の責任回避が要因となり、母親が妊娠の責任を一方的に負わざるをえなくなった型があることが示された。また、量刑を科すことが目的の裁判では背景要因の抽出が主要な検討課題とはならないため、裁判で構成されるストーリーを基に改めて事例の背景を汲みとる作業が必要であることが示唆された。死亡事例をなくすためには、望まない妊娠を防ぐことは基より、社会通念や家族力動によって母親に課せられた負荷を取り除くことが肝要となる。今後は、母親だけでなく、嬰児の父親(法的及び生物的)の行動や、家族内の母親の位置にも焦点をあてた検討が必要である。

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  • 乳児院養育の可能性と課題を探る -現代発達科学的視座からの検証-

    研究代表者名 遠藤 利彦(東京大学大学院)

    1.目的
     現在、乳児院に入所してくる子どもの相当数が、入所時点で既に重篤な発達リスクを抱えており、逆に心身に医療的課題を持たない子どもは、半数にも満たないという状況がある。また、入所時に顕在的な問題を有さない子どもでも、虐待やネグレクト等の不適切な、あるいは劣悪な環境下で過ごしてきたことが疑われるケースが少なくなく、総じて、入所児の発達状態は入所段階から、定型的環境で成育している子どもと比して、低水準に止まると言わざるを得ない。実態として、乳児院の多くは、そうした子どもに対して専門的なケアを施し、その発達の改善を図り、また実現していることが想定される訳であるが、一般的に、退所時の発達状態のみをもって、乳児院で成育してきた子どもの発達は「著しく遅れ、また歪んでいる」と安易に判断されてしまうという社会的状況があることは否めない。
     本来、乳児院における子どもに対するケアの評価は、個々の子どもが入所時から退所時にかけていかに変化し得たかということをもってなされるべきであるが、退所時の子どもの状態が一般的な子どもの標準値に比して低いということだけから、乳児院養育の機能が不当にも過小評価されてしまっているという由々しき事態がある。もっとも、これについては、これまで日本の乳児院全体で、入所児の成長発達を共通に捉え得る標準的なアセスメント・ツールがなかったことも一因として考えられる。
     こうした状況認識の下、本研究は、将来的にそうした標準的ツールを作るための下準備として、2017年度は、個々の乳児院が、どのようなアセスメント・シートをいかに用いてきているかについての実態調査を行うこととした。
    2.方法
     全国の乳児院すべてに悉皆的に、入所前後・入所中・退所前後において、子どもの発達状態や課題、また家族の情報等を捉えるために用いているアセスメント・シートや記録フォーマットの送付を依頼した。
    3.結果・考察
     結果的に、全体の84.7%の乳児院から協力を得ることができ、収集されたアセスメント・シートの内容を、主に発達臨床心理学の視座から整理・分析し、現状として、子どもの心身発達あるいは子どもの家庭状況等のどのような側面に対して、より多く着目しているか、あるいは逆にあまり着目していないか、また子どもの発達の状況をどこまで踏み込んで詳細に捉えようとしているか、あるいは逆に表面的にしか捉えようとしていないかなどに関して、体系的に知見をまとめることができた。さらに、その知見に基づき、今後、日本の乳児院で広く活用されるべき、標準的なアセスメント・シートおよびアセスメント・システムの試案の作成を行った。

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  • 児童相談所における弁護士の役割と位置づけに関する研究(第2報)

    研究代表者名 影山 孝(東京都児童相談センター)

     児童相談所のソーシャルワークにおいて法的な対応を求められることが多くなり、そのために弁護士と連携協働して対応する機会が増えている。こうした状況の中、2016年児童福祉法改正により児童相談所への弁護士配置が進められることとなった。各自治体における配置は、常勤・非常勤・個人契約・団体契約とさまざまであり、常勤以外の弁護士相談頻度もまちまちである。地域の特性に根差した児童相談所体制の充実を図る中で、弁護士の利点をどう活かしていくかが問われているだろう。そのために、弁護士を配置することで児童相談所の業務にどういう効果が生まれているのか、弁護士と協働した取り組みをする上での課題は何かなどを整理して、今後のあり方を検討することを目的として本研究を実施した。2017年度は2016年度に行った質問紙調査を補足して、法改正後の状況を把握するため再度調査を行った。また特徴のある児童相談所を選んでヒアリングを実施した。
     2017年度の質問紙調査で判明した弁護士配置状況は、児相弁護士を新たに常勤配置した自治体が1か所増え、5自治体となった。また、非常勤配置した自治体が31か所と平成28年度調査より22か所増えた。一方団体契約については2016年度調査と変化なく、弁護士個人との契約は42か所から27か所に減るなど、契約弁護士から非常勤弁護士に代わって配置が進んだものとみることができる。ただし、常勤以外の弁護士への相談頻度や方法はさまざまであった。2017年度研究では、全国の10児童相談所に対して弁護士配置の状況に関するヒアリングを実施した。
     ヒアリング先は、常勤配置2か所、非常勤配置2か所、非常勤と個人契約の併用1か所.個人契約3か所、団体契約1か所であった。多くのヒアリングで児童相談所に配置された弁護士の同席を得た。
     本調査結果を踏まえ、今後の弁護士配置のあり方については以下のように考える。
     第一に、児童相談所の地域性などを考慮することである。全国それぞれの児童相談所が所管する面積や人口規模、地域特性はさまざまであり、そのことは相談対応件数の違いからも明らかであり、全国一律に児童相談体制を検討することは適当ではないし、弁護士の配置形態を全国一律に考えることはできない。弁護士の配置形態についても、各々の自治体の実態に応じて多様な形態を尊重すべきである。
     第二に、児童福祉に理解と情熱を持った弁護士を確保することである。児童相談所は、子どもの相談機関として位置付けられているが、常に子どもの最善の利益が確保されるかどうかが、唯一の判断基準となっている。子どもの福祉実現のために職務を行い、子どもの権利を守ることを最優先の目的として、熱意を持って取り組める弁護士を確保し、育成していくことが必要となる。
     第三に、常勤弁護士についてバックアップを行う仕組みが不可欠である。どのような形でバックアップを行うかは地域の実情を考慮することが必要であるが、県弁護士会の協力は不可欠であり、そのためには弁護士会で行われている委員会や研修への参加時間を保証していくことが必要で、場合によっては常勤弁護士が他の弁護士のスーパーバイズを受けられる費用を負担できる仕組みも考慮すべきである。また、申立件数や事例の困難度に応じて常勤弁護士と共に常勤以外の複数の弁護士による代理人を選任できる体制を整えていくことも必要である。
     第四に、非常勤、個人契約弁護士の場合には、定期的に弁護士が児相に赴いて、気軽に相談できる体制を作ることが必要と考える。常勤弁護士のメリットとして、弁護士と日常的に関わり、立ち話的にも法律相談を行えることがある。しかし、常勤弁護士でなくとも、弁護士が定期的に児童相談所を訪問し、同じフロアーに座り、ふらっと相談できる体制を作ることは可能である。また、弁護士相談に対する需要が高まるのであれば、弁護士の相談時間増を行うだけではなく、複数の弁護士を配置することが効果的である。
     最後に、子どもに対して児童相談所弁護士が積極的に関わることを検討すべきである。子どもに対して、家事審判手続きや司法手続きの流れを、弁護士が直接子どもに説明することが有意義である。

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  • 児童家庭支援センターの役割と機能のあり方に関する研究(第2報)

    研究代表者名 川並 利治(金沢星稜大学人間科学部)

    1.目的
     児童養護施設等に付置している児童家庭支援センター(以下、センターという。)は、児童福祉法及び児童福祉施設の設備及び運営に関する基準に規定され、児童家庭支援センター設置運営要綱で地域に根差した支援を提供できる専門性の高い相談機関として、その基本的なあり方が位置づけられている。
    しかし、2019年度末までに340か所(少子化社会対策大綱)と示された目標設置数は123か所(2018年5月1日現在 全国児童家庭支援センター協議会調べ)に留まっており、本研究1年目に実施した2016年度アンケート調査によれば、地域による取り組みの格差が生じ、また、総じて行政からの認識も希薄で、正しい理解がされているとは言えないことがわかった。
     2年目となる2017年度は、先進的もしくは特徴的な取り組みを行っていると思われるセンターを直接訪問し、経緯や工夫点、課題についてヒアリングを行って、有効な連携のあり方や取り組み例の紹介を通して、センターの今後の取り組みの進展・向上に寄与することを目的とした。
    2.方法
     選定に当たっては、アンケート調査から得られたデータより「独自性がある」「相談件数が多い」などを指標に、地域的な偏りが生じないよう北海道から九州までの全国ブロック別に最低1か所程度選定されるよう協議した。うち、4センターは共同研究者のセンターとし、表に示した10センターへのヒアリングを行った。

    所在地 児童家庭支援センター名 付置先
    1  北海道札幌市 興正こども家庭支援センター 児童養護施設
    2  岩手県大船渡市 児童家庭支援センター 大洋 児童養護施設
    3  埼玉県加須市 愛泉こども家庭センター 児童養護施設
    4  埼玉県比企郡嵐山町 らんざん児童家庭支援センター 児童心理治療施設
    5  千葉県千葉市 児童家庭支援センター ふたば 児童養護施設
    6  千葉県いすみ市 子山こども家庭支援センター 児童養護施設
    7  福井県越前市 児童家庭支援センター 一陽 児童養護施設
    8  滋賀県大津市 こばと子ども家庭支援センター 乳児院・児童養護施設
    9  鳥取県米子市 児童家庭支援センター 米子みその 乳児院
    10  大分県中津市 児童家庭支援センター「和(やわらぎ)」 児童養護施設

    3.結果及び考察
     相談件数が多いセンターはいずれもセンター職員と行政職員との「顔の見える関係」が構築されており、相互理解ができているがゆえ、スムーズな連携が図られている。
     また、今回のヒアリング先は、所在する自治体の人口が100万人を超えるセンターもあれば、10万人以下のセンターも複数あったが、自治体の人口によりセンターの求められるニーズが異なり、それぞれの役割を果たすことにより自治体との好連携が生み出されていることが見えてきた。
    例えば大都市モデルのセンターの役割として、特定のスキルに特化した支援の提供が求められる。
     具体的に「里親支援」「親子関係再構築支援プログラム」「通告時の安全確認」などが考えられる。また、全国の9割強を占める人口20万人未満の自治体においては、相談にかかわる高い専門スキルや豊富な社会資源を期待しにくい。したがってこのようなモデルのセンターは、児童相談所が近くにない中で
    様々なスキルを求められる。ヒアリング調査から、要保護児童対策地域協議会においてキーパーソンを担い、要保護児童の発見と支援の裾野を広げる役割を担っているセンターや、いち早く「フォスタリング機関」の前段階としてのモデルを実現し、里親支援及び児童虐待予防を充実させているセンターが存在することがわかった。さらに人口1万人未満の町村におけるセンターのモデルは、十分とはいえない社会資源や相談体制の中での児童相談所の補完機能や全般的支援の役割が求められるであろう。
     一方で、センターの人材確保、財政措置の課題をどうクリアするのか模索状態が続いている。センターを拡大していけるかは、都道府県(指定都市、中核市を含む)の意向に大きく左右され、圏域内でセンターを児童虐待防止の相談機関として明確に位置づけてもらえるような働きかけも重要である。
    「新しい社会的養育ビジョン」にも示されている通り、今後、センターは市区町村子ども家庭総合支援拠点と連携して、里親ショートステイを調整する機能、フォスタリング機関事業の機能や在宅措置・通所措置の機能など、リスクの高い家庭への支援や代替養育後のアフターケアなどを担う有力な社会資源として機能しなければならない。そのためには「児童家庭支援センターが提供できるスペシャルなスキルはこれです。」という明確なコンセプトが示せることが必要である。

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