臨床・実践に関する研究(課題研究)
2018年度研究
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市区町村における子ども家庭相談実践事例に関する調査研究(第1報)
研究代表者名 川松 亮(子どもの虹情報研修センター)
1.研究目的
2016年の児童福祉法改正により、市区町村における身近な子ども家庭相談の役割が重要視されるようになり、そのための市区町村相談体制強化が図られた。具体的には、市区町村に子ども家庭総合支援拠点を設置することとし、その人員配置基準が示された。一方、従来の市区町村子ども家庭相談体制は十分な人員配置がなされておらず、相談業務の遂行に課題を抱えている自治体も見られた。国によって示された子ども家庭総合支援拠点の整備にはまだ時間がかかるものと想定される。
そこで、支援拠点を設置して相談体制を強化している自治体をヒアリングし、併せて要保護児童対策地域協議会の取り組みや子育て世代包括支援センターとの関係も調査し、整備に向けての経緯や工夫点、さらには課題を整理することで、全国の市区町村の体制充実強化の参考とするため、本調査研究を実施することとした。
2.研究方法
共同研究者の協議により、子ども家庭総合支援拠点と子育て世代包括支援センターを共に整備している自治体を中心に、取り組みが進んでいるまたは取り組みに特徴があると考えられる自治体を選択した。子ども家庭総合支援拠点の小規模A・B・C型、中規模型、大規模型のそれぞれに属する自治体をヒアリングできるようにした。ヒアリングには共同研究者2名が訪問し、聴き取り内容を録音して逐語録を作成したのちに原稿にまとめた。ヒアリング自治体に対しては、自治体名を明記して報告書を作成することを前提に、承諾を得たうえでヒアリングを実施し、個別事例情報は聞かずに相談体制を中心として聴き取りを行った。報告書の原稿は該当自治体の確認修正を経て作成した。
3.結果と考察
訪問先の情報を例示すると、小規模Bにあたる三条市では、教育委員会に調整機関が置かれ、子ども・若者総合サポートシステムの中核となっていた。保健師も同一部署に配属されていた。こうした方法で、教育と福祉・保健との融合・連携が図られていた。また、小規模Cにあたる東近江市では、従前から子ども家庭総合支援拠点の人員配置基準を満たしていたが、支援拠点になることで専門職配置が可能となったと評価された。中規模の松戸市では、子育て世代包括支援センターと子ども家庭総合支援拠点が同じ建物に入っていた。また、子育て世代包括支援センターにはブランチが置かれており、それぞれに社会福祉職が配置され、ハイリスクケースはその社会福祉職を通して子ども家庭総合支援拠点と協働する体制が構築されていた。
全体として、子ども家庭総合支援拠点となることで大きな変化はなく、これまで行ってきた取り組みを継続するために活用している状況が見られた。市民向けに子ども家庭支援拠点という看板を示すメリットは特に示されなかった。しかし、子ども家庭総合支援拠点になることで、人員の質も量も確保向上できる点は評価されていた。ただ、補助基準額では常勤雇用が不足しており、自治体独自の予算確保がなされる必要があることが指摘された。子育て世代包括支援センターとの関係は、建物が異なる場合が多く、連携協働には課題が見られた。その中で、松戸市の子育て世代包括支援センターにおける社会福祉職の存在が有効と考えられた。
いずれにせよ、自らの自治体の子ども家庭相談に責任を持ち創造的に構築しようとしている自治体は、国の制度を効果的に活用することが可能となったと考えられる。各自治体の担当職員の意欲や熱意によるところは大きいと思われた。
本ヒアリング調査は次年度も継続し、2年間のまとめとして、今後の子ども家庭総合支援拠点や要保護児童対策地域協議会運営のあり方について考え方を整理して提示する予定である。 -
乳児院養育の可能性と課題を探る-現代発達科学的視座からの検証-
研究代表者名 遠藤 利彦(東京大学大学院)
1.目的
現在、乳児院に入所してくる子どもの相当数が、入所時点で既に重篤な発達リスクを抱えており、逆に心身に医療的課題を持たない子どもは、半数にも満たないという状況がある。また、入所時に顕在的な問題を有さない子どもでも、虐待やネグレクト等の不適切な、あるいは劣悪な環境下で過ごしてきたことが疑われるケースが少なくなく、総じて、入所児の発達状態は入所段階から、定型的環境で成育している子どもと比して、低水準に止まると言わざるを得ない。実態として、乳児院の多くは、そうした子どもに対して専門的なケアを施し、その発達の改善を図り、また実現していることが想定される訳であるが、一般的に、退所時の発達状態のみをもって、乳児院で成育してきた子どもの発達は「著しく遅れ、また歪んでいる」と安易に判断されてしまうという社会的状況があることは否めない。
本来、乳児院における子どもに対するケアの評価は、個々の子どもが入所時から退所時にかけていかに変化し得たかということをもってなされるべきであるが、退所時の子どもの状態が一般的な子どもの標準値に比して低いということだけから、乳児院養育の機能が不当にも過小評価されてしまっているという由々しき事態がある。もっとも、これについては、これまで日本の乳児院全体で、入所児の成長発達を共通に捉え得る標準的なアセスメント・ツールがなかったことも一因として考えられる。
こうした状況認識の下、本研究は標準的なアセスメント・ツールを作成し、全国の乳児院で入所から退所にかけての入所時の成長発達の様相を明らかにすることを目的とする。2018年度は、その試案に関して現場職員から広く意見聴取するとともに、それをいくつかの乳児院で試行実施してもらい、そこにおける課題の掘り起こしとそれに基づいた修正作業を重ねる中で、標準アセスメント・ツール(以下、発達票と表記)を完成させることを企図した。
2.調査1
(1) 方法 全国乳児福祉協議会研修会のワークショップ参加者である乳児院で勤務する職員82名を対象に、発達票の実施をワークショップの一環として依頼し、発達票についての改善点を広く聴取した。
(2) 結果・考察 各項目のワーディング以外にも、実際の月齢と項目が想定する月齢のズレによる評定の難しさや項目内での大人(担当養育者、大人、保護者など)の区別の難しさなどの困難があげられた。これらの意見をもとに発達票および手引き・マニュアルの改訂を行った。
3.調査2
(1) 方法 施設の2018年11月〜12月末日までに入所した児童を対象とし、入所時点および退所時点(入所継続の場合は2019年1月末)での発達票を実施した。32名についての返送があり、有効回答は26名分であった。
(2) 結果・考察 「担当養育者」や「馴れている大人」はどの職員を指すのかという疑問点があげられた。また予備的ではあるが、数量的な分析を行い、信頼性・妥当性の検討をおこなった。
心理社会的発達および子どものSOSサインについては概ね再検査信頼性がみとめられ、基準関連妥当性が示唆された。一方で、担当養育者へのアタッチメントについては、安全基地と無秩序・無方向型アタッチメント、反応性アタッチメント障害については2時点で弱い相関がみられ、有意ではなかった。またそれぞれの時点での相関の様相が異なっていたり、健常サンプルから予測される相関と異なったりする場合がみられた。これは、入所時の生育歴や2時点間での関係性の構築の中での変化に起因する可能性があるが、今回はあくまでも予備的であるため以降さらなる検討が必要であろう。また、1か月という短期間ではあったが、心理社会的発達、アタッチメントの安定性、安全基地行動の得点の増加、および子どものSOSサインと反応性アタッチメント障害の得点の減少がみられた。 -
児童相談所における児童心理司の役割に関する研究(第1報)
研究代表者名 菅野 道英(そだちと臨床研究会)
1.目的
児童相談所(以下、児相)が行う相談業務において、子どもと家族の心理的アセスメントやケアなどで、児童心理司の果たす役割は大きい。しかし、その業務内容については明記されておらず、それぞれの設置自治体の事情により業務体制や内容も異なる。また、同一自治体内の児相であっても、管轄地域の基礎自治体との関係においても、業務内容が異なるなど、類型化して語ることの難しさが指摘されている。本研究は、子ども家庭相談の現場において、心理職に期待される役割、人材育成、スーパービジョンのあり方などについて、提言を行うことを目的とした。
2.方法
本研究を遂行するにあたり、児相でさまざまな立場で活動している児童心理司、および、児童心理司経験者を共同研究者として迎え、悉皆調査実施にむけた調査票作成のため、児相の現状について意見交換を行った。具体的には、児相における児童心理司の現状、他職種との連携、児童心理司の養成の現状と課題について検討した。
3.結果
①児童心理司の現状
児童福祉司の増員や配置基準が定められたことにより、児童心理司の採用も進み、現場には経験年数5年未満の職員の割合が高くなった。専門職として採用されたとしても、他職種へ異動する場合もあることから、配属された部署に関わらず、公務員として広い知識と経験が求められる。
児童心理司の業務は、心理診断と継続的支援に大別されるが、相談件数の増加に伴い、既存のケースを継続することが困難になり、継続的支援の比率が低くなっていることが指摘された。
②他職種との連携
児相内で児童心理司が他職種と連携する際の基本は、児童福祉司とのチームによる見立てと支援を行うことである。また、相談内容によっては、医師や保健師など他職種との協働も行っている。さらに、対外的には、児相の職員として他機関との連携を図るため、外部機関の会議に参加することも必要になっている。
③児童心理司の養成
従来は、児童心理司は採用人数を低めに設定し、OJTを中心とした丁寧な個別指導により専門性の高い人材を育成する方法が採られてきた。しかし、昨今の児童心理司の急激な増員により、ベテラン職員が多数の新人を指導することになり、業務の遂行に支障をきたす事態も見受けられるようになっている。
④調査票設問テーマの検討
先行研究を基に児童心理司の業務内容について分析を行うのではなく、児童心理司が支援現場で実際に経験していることを問える設問テーマとする。具体的には、a.児童心理司が自身の業務についてどのような認識を持っているのか、b.児童相談所の使命を果たすために、心理専門職としてどのような工夫をしているのか、c.児童心理司は自らをどのように評価しているのか、の3点が明らかになるような設問テーマを設定し、設問項目を検討した。
4.考察
児相は、その時々の社会的な課題に先進的に取り組み、社会システムの構築に貢献してきた。代表的なものとしては、設立当初は、戦後の戦争孤児対策にはじまり、障害児の早期発見・早期療育、不登校児の支援などがあり、非行に関する相談にも長年取り組んできた。平成7年頃には、児童相談所の役割として『3つのC』が提唱されていた。それは、①高度に専門的な指導・治療を必要とする事例や困難な事例の相談に応じるクリニック機能(Clinic)、②市区町村への情報提供や技術支援などのコンサルテーション機能(Consultation)、③広域ネットワークの核としてのコーディネーター機能(Coordinator)とされ、②③については新たな機能として専門の担当者を設置し、スキルを磨いていくことを課題とした。
しかし、虐待の相談件数が増え続ける中、児相が児童虐待への対応に追われ、行政権限による介入が強調される状況がある。支援を担う部署や機関がお互いに協働し連携する支援体制整備が急務である。子どもの最善の利益を優先する支援を行うには、子どもの発達や心理療法に関する児童心理司の知識やスキルの果たす役割は大きなものがあると考えられる。その人材の確保と育成が課題となる。