臨床・実践に関する研究(課題研究)

2019年度研究

  • 乳児院養育の可能性と課題を探る -現代発達科学的視座からの検証-(第3報)

    研究代表者名 遠藤 利彦(東京大学大学院)

    1 目的
     現在、乳児院に入所してくる子どもの相当数が、入所時点で既に重篤な発達リスクを抱えており、逆に心身に医療的課題を持たない子どもは、半数にも満たないという状況がある。また、入所時に顕在的な問題を有さない子どもでも、虐待やネグレクト等の不適切なあるいは劣悪な環境下で過ごしてきたことが疑われるケースが少なくなく、総じて、入所児の発達状態は入所段階から、定型的環境で成育している子どもと比して、低水準にとどまると言わざるを得ない。実態として、乳児院の多くは、そうした子どもに対して専門的なケアを施し、その発達の改善を図り、また実現していることが想定される訳であるが、一般的に、退所時の発達状態のみをもって、乳児院で成育してきた子どもの発達は「著しく遅れ、また歪んでいる」と安易に判断されてしまうという社会的状況があることは否めない。本来、乳児院における子どもに対するケアの評価は、個々の子どもが入所時から退所時にかけていかに変化し得たかということをもってなされるべきであるが、退所時の子どもの状態が一般的な子どもの標準値に比して低いということだけから、乳児院養育の機能が不当にも過小評価されてしまっているという由々しき事態がある。もっとも、これについては、これまで日本の乳児院全体で、入所児の成長発達を共通に捉え得る標準的なアセスメント・ツールがなかったことも一因として考えられる。本研究は、入所児の成長発達を共通に捉え得る標準的なアセスメント票を作成し、乳児院入所児の6か月間の心理社会的は状態像の変化をとらえることを目的とする。
    2 方法
     全国の乳児院139施設にアセスメント票を送付し、63施設からの返送があった(返送率45.3%)。調査対象児は2019年8月-9月上旬に乳児院に入所した113名であった。その内107名を分析対象とした。調査は対象児が入所した前後1週間以内と退所する前後1週間以内、入所継続の場合は2月中旬に実施するよう依頼した。
    3 結果・考察
     入所時点での子どもの日齢は平均192.6日であった(SD = 248.55 Range 4-1183)。調査期間は平均147.8日であった(SD = 50.06 Range 22-213)。入所時点と最終時点を比較した結果、発達領域の二項関係、社会性、社会的認知、情動発達、自己・自我発達において得点が高くなっていた。一方でトラウマや子どものSOSについては、低月齢のトラウマにおいてのみ入所時点から最終時点にかけて有意な減少がみられ、子どものSOS領域については心理的領域においてのみ、減少がみられたが有意傾向であった。ただしトラウマ・子どもSOSについては入所時点から得点が低くとどまっていた。担当養育者にたいするアタッチメントについては入所期間中に、安全基地因子の得点が増加し、脱抑制型対人交流障害傾向と反応性アタッチメント障害傾向については入所時点よりも調査終了時点で低くなっていた。以上から数か月という短期間であっても、乳児院入所児は、入所中に担当養育者とアタッチメントを形成し、心理社会的に発達をしていることが示唆された。

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  • 市区町村における子ども家庭相談実践事例に関する調査研究 (第2報)

    研究代表者名 川松 亮(明星大学人文学部)

    1 目的
     2016年の児童福祉法改正により、市区町村における身近な子ども家庭相談の役割が重要視されるようになり、そのための市区町村相談体制強化が図られた。具体的には、市区町村に子ども家庭総合支援拠点を設置することとし、その人員配置基準が示された。一方、従来の市区町村の子ども家庭相談体制は十分な人員配置がなされておらず、相談業務の遂行に課題を抱えている自治体も見られた。国によって示された子ども家庭総合支援拠点の整備にはまだ時間がかかるものと想定される。
     そこで、支援拠点を設置して相談体制を強化している自治体を中心に、相談体制の整備状況についてヒアリングし、要保護児童対策地域協議会の取り組みや子育て世代包括支援センターとの関係を含めて、相談体制整備に向けての経緯や工夫点、さらには課題を聴き取り、その情報を整理して全国の市区町村相談体制充実強化の参考とするため本調査研究を実施した。本年度は2年計画の2年目であった。
    2 方法
     共同研究者の協議により、子ども家庭総合支援拠点(以下、拠点)と子育て世代包括支援センター(以下、センター)を整備している自治体を中心に、取り組みが進んでいるまたは取り組みに特徴があると考えられる自治体を選択した。結果的に、拠点の小規模A・B型、中規模型、大規模型から1か所ずつと総合支援拠点を未設置の自治体を選定した。ヒアリングは、事前に体制整備状況に関するアンケートへの回答を求め、事業概要等の関連資料の提供を求めたうえで、共同研究者2名が訪問して実施した。ヒアリング自治体に対しては、自治体名を明記して報告書を作成することを前提に、承諾を得たうえでヒアリングを実施し、個別事例情報は聞かずに相談体制を中心として聴き取りを行った。報告書の原稿は該当自治体の確認修正を経て作成した。
    3 結果・考察
     長崎県長与町では小規模自治体の特性を生かし、同じ母子保健係の中に拠点とセンターが置かれていた。自治体としての相談支援体制強化を検討しているところに国による拠点の施策化が重なり、それを利用する形で早期の拠点設置を行った。栃木県日光市は、行政と民間団体とが一体となった相談支援体制を構築していた。市から事業を委託する形で市の相談窓口を官民が共同で運営し、相談対応も一体となって行っていた。北海道千歳市は若い子育て世代が多く、転出入が多い地域特性のため、子育て支援施策が充実していた。同市では、児童相談所が受けた虐待相談についても市が受理して調査を実施しており、児童相談所との同行件数が多く、市として積極的に関与していた。東京都調布市では、子ども家庭支援センターを事業団に委託する形態で相談支援を構築しており、拠点役割も同センターが担っていた。岡山県倉敷市は人口規模が大きいため、市内を5地区に分け相談員は地区ごとに2人チームで対応する体制となっていた。進行管理会議も5地区に分けて、それぞれおおむね月1回開催していた。
     今年度のヒアリング対象自治体の内、2自治体で民間団体への委託が行われていた。そのことにより、支援の幅が広がり、きめ細かく融通が利く取り組みが可能となっていた。また民間団体に長期にわたって関わっている専門人材を活かすことで、自治体の専門性の強化にもつながっていた。一方で情報連携の点では、整理すべき課題があると思われる。
     それぞれの自治体において、地域の特性を踏まえ、自らの子ども家庭相談支援の取り組みを進めるために何が必要なのかを考え、自治体の事情に合った仕組みを創り出していた。拠点だけで支援が進むわけではなく、協議会をいかに活性化し、実効性のある機関協働を構築しいていくかも問われている。各自治体がそれぞれの子ども家庭福祉システムを計画的に整備し、その過程で拠点の制度を活用したオリジナルな支援体制を構築していくことが求められていると言えよう。

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  • 児童相談所における児童心理司の役割に関する研究 (第2報)

    研究代表者名 菅野 道英(そだちと臨床研究会)

    1 目的
     本研究では、全国の児童相談所の児童心理司を対象に質問紙調査を行い、児童相談所における児童心理司が果たすべき役割や育成のあり方を明らかにすることを目的とする。その上で、今後、子ども家庭相談の現場において、心理職はどのような役割を果たすことを求めていくのか、そのための学びやスーパービジョンなど育成のあり方などについて提言を行う。
    2 方法
     質問紙で、児童心理司の役割および業務遂行による貢献感について聴取した。内容は、先行研究を参考に、現在、さまざまな立場で活動している児童心理司および児童心理司/児童福祉司経験者で構成される共同研究のメンバーで検討を行った。
     児童心理司の役割に関する質問項目は、①アセスメント業務、②心理的支援業務、③地域支援業務、④子ども虐待対応業務、⑤連携・スーパービジョン、⑥研修・事務的業務の6つの軸を踏まえて作成され、各役割の重要度と遂行度を質問した。
    貢献感については、子どもの安心・安全、子どものウェルビーイング、保護者への支援などを想定した。また、児童心理司の基本情報、職場状況などについても質問項目に加えた。なお、管理職と現場の両方の現状を把握するために、上記の質問紙は「所長用アンケート」と「児童心理司用アンケート」の2種類を作成した。
     全国217か所の児童相談所を対象に、郵送による質問紙調査を実施した。「所長用アンケート」は児童相談所長、「児童心理司用アンケート」は児童心理司に回答をお願いした。なお、200か所の児童相談所からの回答が得られ、回収率は92.2%であった。
    3 結果
     アンケートを量的に処理できる質問項目と自由記述の質問項目に分けて統計的な処理を行い、共同研究者が分担して考察を行い、総合的な考察と、福祉司経験者の視点から考察を行った。
     調査結果からは、以下の点が明らかになった。
    ・ 回答した児童心理司の経験年数は1年目・2年目が3割を超えており、若手が多い傾向にあった
    ・ 児童心理司の役割は、所長・児童心理司いずれの回答でも、6つの軸すべて重要であると回答する傾向にあった
    ・児童心理司の業務の貢献感についての児童心理司の回答は、所長の回答に比べて、貢献しているとする回答が少ない傾向にあった
    ・ 児童心理司に必要なこととして、所長は人材配置を重視する回答が多く、児童心理司は経験や職場環境の改善を求める回答が多かった
    4 考察
     児童心理司について、所長からは専門職として児童相談所業務に貢献しているという評価を得られているものの、個々の児童心理司は、十分に貢献しているとは感じていない状況がうかがえた。所長は、現在の職員の陣容と担うべき業務を視野に、適切にそして最大量の業務を行えているのかという視点で管理者(経営者)として、業務をとらえる。従って、「よくやってくれている」という回答になるものと思われる。個々の児童心理司は、初任者の比率が高いこともあり、先輩たちの仕事ぶりと比較すると十分に貢献できているとは言い難いと感じているという姿が想像される。また、療育手帳発行に伴う障害程度の判定などは、「こなさなければならない」、「やってあたりまえ」の業務として認識され、貢献感を低くしているものと考えられるが、これは現場の感覚からするとしかたないものと考えられる。
     今後の児童心理司の業務の実施と育成に関して、①児童家庭相談体制について、どのようなシステムを目指すのかを明確にすることが必要、②高度な児童家庭相談の専門機関が必要、③研修は現場のニーズに沿って、というような提案を考えた。

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