臨床・実践に関する研究(課題研究)

2021年度研究

  • 児童心理治療施設のアタッチメントを核とした治療的支援の体制作りの評価に関する研究(第1報)

    研究代表者名 遠藤 利彦(東京大学・大学院教育学研究科)

    Ⅰ.
    【目的】
     施設入所児童の特徴として,被虐待経験の多さが注目されてきた。被虐待経験に起因するアタッチメントの問題は大きく,虐待と無秩序・無方向型のアタッチメント(D型)の関連も指摘されているところである(Baer & Martinez, 2006)。また,そういった子どもたちが安定したアタッチメントを築き,適応的に発達を遂げられるよう,アタッチメントの観点から支援の在り方を模索することが有効であるという主張もなされている(Harder, Knorth, & Kalverboer, 2012; Hawkins-Rodgers, 2007; Moses, 2000)。しかし,先行研究ではアタッチメント理論が誤解され運用されている例も報告されており(McLean, Riggs, Kettler, & Delfabbro, 2013),慎重に検討する必要性があると考えられる。そこで本レビューでは,児童期のアタッチメントに関する議論を概観しながら,その知見が施設児と支援者の関係性形成にいかに貢献出来うるかを検討していくことを目的とする。

    【方法】
     児童期のアタッチメント,施設入所児童のアタッチメント,被虐待児のアタッチメント研究について,先行研究のレビューを行った。

    【結果と考察】
    児童期のアタッチメントについて
     児童期においても,アタッチメントは発達の様々な側面に大きな影響を及ぼしている(Kerns& Bumariu, 2016)。しかし、児童期には、アタッチメント対象への物理的な接近ではなく、表象レベルでの接近が可能になるため(Kerns et al, 2007)、観察が困難であり,測定法の工夫が求められる(Kerns et al., 2017)。また、被虐待児はアタッチメント行動として、防衛的な方略を取っていることも想定され(工藤,2020)、そういった攻撃性とも見受けられる様々な行動や反応が,職員とのアタッチメント関係の構築にネガティブに作用している可能性が示唆された(Howes & Segal, 1993; Jeanette & Judy, 2013)。
    施設でのアタッチメントに基づく支援について
     アタッチメントの観点から,そういった入所児童の不適応的な行動の背景には,子どもたちの不安や恐れの活性化があることが想定された。そのため,問題とみなされる行動の背景にある子どもの情動状態に目を向け,それらに対処していく支援の在り方を考えていく枠組みを施設全体に共有することが,職員と入所児童のアタッチメント関係形成のための1つの可能性として挙げられた。母親以外の人物がアタッチメント対象となりうることも指摘されており(Howes et al., 1988),施設職員も施設児のアタッチメント対象となりうると考えられた。さらに,養育者と1対1の関係性が基本的に保障されている家庭とは異なり,施設では職員と入所児童の関係が多対多であるという特徴を取り上げ,同時点同空間に複数の支援者と子どもがいる環境において,支援者の情緒的利用可能性がいかに高められうるかについて,今後検討していく必要性が指摘された。また,それに関連し,施設を含む,複数の機関の連携に関して,施設内外の支援者の情緒的利用可能性を高めるために,共有する必要のある情報を,洗練し検討する必要性も見出された。
    展望
     施設入所児童や被虐待児のアタッチメントシステム,circle of securityがどのように適応的に機能するようになるかに関する研究は,いまだ少ないと言える。今後の研究では,こういったテーマについて,複数の支援者と複数の児童が生活している施設という環境の特異性に配慮しながら検討していく必要があるだろう。

    Ⅱ.
    【目的】
     児童心理治療施設は、家庭環境等の環境上の理由により社会生活への適応が困難となった児童に対して、社会生活に適応するために必要な心理に関する治療、及び生活指導を主として行う施設である。90年代後半以降、被虐待児の入所が急増し、この10数年は入所児童の約8割を被虐待児が占めるようになっている。被虐待経験に起因するアタッチメントの問題は大きく、虐待と無秩序・無方向型のアタッチメント(D型)の関連も指摘されている(Baer & Martinez, 2006)。また、そういった子どもたちが適応的に発達を遂げられるよう、アタッチメントの観点から支援の在り方を模索することが有効であるという主張もなされている(Harder et al, 2012; Hawkins-Rodgers, 2007; Moses, 2000)。しかし、被虐待経験があり、児童心理治療施設に入所している児童期の子どものアタッチメント行動を、具体的に記述した研究自体がそもそも少ない。そこで本研究では、施設入所児童の具体的なアタッチメント行動の実態について明らかにすることを目指し、児童心理治療施設入所児1名の当直資料の分析を行った。

    【方法】
     分析資料 A県内の児童心理治療施設に20XX年4月に入所した、9歳の児童についての、当直資料の記述を用いた(20XX年4月~20XX年9月)。当直資料は、職員が情報共有のため、毎日作成しているものであり、各児童についての記述がある。
     手続き アタッチメント理論に照らし、分析資料の中から、児童のアタッチメント行動と解釈されたエピソードを抽出し、整理した。エピソードの抽出は、アタッチメント理論に精通した大学院生3名が行い、特に児童期という発達段階である点、そして被虐待経験を有する点に配慮した。
     倫理的配慮 本研究は、東京大学倫理審査専門委員会において承認を受けた(承認番号 21-25)。

    【結果と考察】
     分析資料を整理した結果、被虐待経験を有する入所児童のアタッチメント行動として、「A. 未熟な言語運用」「B. 過度な接近」「C. 応答せざるを得ない振る舞い」「D. 矛盾した発信」「E. ストレートな表出」の5つのカテゴリーが抽出された。
     今回検討した、児童心理治療施設の児童1名のアタッチメント行動は、大きく5つのカテゴリーに分類されると考えられた。例えば、ネガティブな情動が喚起されていると解釈された場面における、児童の具象的な言語表出は、言語運用が比較的流暢になってくる児童期に生じやすい、職員と児童の齟齬を招く例であるとも見受けられた。また、施設職員が応答せざるを得ないような、激しく攻撃的な行動や、職員には児童の意図するところが理解しがたいような、矛盾した発信は、職員から援助を引き出すことを難しくしてしまっている可能性が見出された。一方で、被虐待経験を有する子どもであっても、職員からの応答が得られやすいような、ストレートな表出をしている場面も見られた。
     限界と今後の展望 本研究では、児童期かつ、被虐待経験のある子どものアタッチメント行動を分析する目的で、当直資料を活用した。しかし,、夜間帯の資料であるため、安全基地から探索行動に向かう記述は得られにくいという限界があった。そのため、今後は施設全体の生活に広げて、アタッチメント行動の抽出を試みていきたい。

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  • 児童家庭支援センターにおける地域支援事業に関する研究―要保護児童に対する児童家庭支援センターの在宅支援の現状―

    研究代表者名 武田 玲子(明治学院大学)

    (1)目的
     児童家庭支援センター(以下児家セン)の地域支援事業の現状と課題を共有し、全国統計から経年変化を分析したうえ、全国児童家庭支援センター協議会の協力のもと、児家センの職員に対してアンケート調査を実施し、児家センの地域の支援状況を明らかにする。本研究では、要保護児童に対する児家センの支援状況を検討するとともに、地域支援ネットワークの中で有用な機能を展開させるための体制や方策を見出すことを目的とする。
    (2)研究方法
     報告書の第1部にまとめてあるが、全国児童家庭支援センター協議会の統計をもとに経年変化、次に共同研究者が所属している3か所の児童家庭支援センターによる先駆的な実践状況(通常の児家セン事業に加えてショートステイ事業など実施)について報告している。
     報告書の第2部においては、全国の児家センと児家セン職員へのアンケート調査を報告した。共同研究者と討議し、全国児家センの職員に対するアンケート調査票の質問項目を作成した。 8月に全国児童家庭支援センター協議会の協力のもと、153か所の児家センに所属する児家セン職員812名にアンケート調査を送付した。
    (3) アンケート調査結果
     全国の児家セン137か所(87%)、児家セン職員812名中624名(76%)の回答があった。アンケート調査について量的分析を行い、自由記述についてはテキストマイニングによる量的分析、定性分析により質的分析を行った。
     概要としては、児家セン職員の携わっている率の高い仕事としては「保護者相談、カウンセリング」「関係機関との情報交換」であり、町村を除き「市町村との連絡調整」であった。児家セン職員としてニーズが高いと指摘した事業はすべての自治体規模において「育児不安等の相談」が上位にあがっている。政令市・児童相談所設置市の特徴としては、「ショートステイ・トワイライトステイ」のニーズが高く、一方、その他の地域で高いと考えられているニーズは「不登校支援」「発達相談・療育」などであった。
     児家センの職員が特徴的支援として挙げているのは、「アウトリーチ」「食支援を通しての相談」「子育てサロン、講座等地域での子育て支援」「レスパイト」「心理的支援」「子どもへの直接的支援」「里親支援」「要保護・要支援児童への支援」「地域による様々な支援」であった。
     児家センの課題としては、職員の年代役割を問わず、「専門性」と「人材不足」があげられ、その改善のためには「運営費」の改善が指摘されていた。
     実践可能な方策としては、行政や関係機関との定期的な協議会などの「連携」、相談員や心理職の専門性に応じたスーパービジョンなどの「専門性の確保」、地域ブロックごとの「児家セン間の交流」等が導き出された。
    (4)考察
     アンケート調査からは、自治体規模により、職員が考えるニーズに違いがあるという結果であり、地域の社会資源の状況により、異なる傾向がうかがわれた。人口規模が多い地域ではショートステイ等レスパイトのニーズが高く、人口が少ない地域では包括的な支援が児家センに求められる傾向がみられた。
     現状では、地域による偏りや専門性や人材についての課題があるが、児家セン職員によるアウトリーチ、食支援、子育て講座、育児不安の相談などから孤立する要保護児童への緩やかな介入が行われていた。そこから心理支援、レスパイト、子どもへの直接的支援につなげていく可能性があることも明らかになった。
     今回、第1部で報告した先駆的な実践内容、また第2部でまとめた研究結果について、全国レベルで活用されていくことが要保護児童への地域での支援の充実につながると考える。さらに具体的な児家センにおける支援方法を共有していくことは残された研究課題でもある。

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  • 地域での早期支援における保育所の役割と課題

    研究代表者名 久保田まり(東洋英和女学院大学)

    1. 目的
    「児童虐待の防止等に関する法律」や「保育所保育指針」において、保育所保育士は児童虐待を早期に発見する位置にあり、通告の義務、および虐待防止に努めることが明示化されている。しかし、保育現場においては、家族による虐待への明確な確証が持てないことや保護者との関係維持に対する保育士の不安が指摘されている(灰谷、2017)。保育所は児童虐待ケースの受け皿(子どもの安否確認、発達保障、親への養育支援)になることが期待されており、児童虐待の対応や防止、親子支援の役割が求められているが、保育士の不安や苦慮は高く(笠原ら、2011)、また、ネグレクトや心理的虐待は保育士に認識されにくい実態がある(石清水ら、2012)。以上を踏まえ本研究では、顕在化しているケースと共に、虐待リスクを持つ潜在化している親子をも保育士が早期に発見し、保育所が組織的に対応する上での課題を検討することを目的とした。
    2. 研究の内容
    (1) 方法
    ① 対象
    東京都、神奈川県、大阪府、愛知県の公立・私立保育園および子ども園の保育者19名。
    ② 調査方法
    面接法を採用した。具体的には、一人1時間半前後の半構造化インタビューを実施した(対面およびオンライン)。
    ③ 調査内容
    【要保護・要支援の子どもと親について】【グレーゾーンの子どもと親について】【園内での連携】【他機関との連携】【保育士の先生ごとの捉え方】【保育現場に必要とされる支援】について、具体的に聞き取るための質問項目を設定し、インタビューガイドを作成して行った。
    ④ データ分析の手続き
    インタビューの全ての音声データの文字おこしをし、テクストデータ化した。インタビュイーごと及び質問項目ごとのテクストデータをKJ法によって分析した。
    具体的には、文字おこしをしたローデータについて、質問項目ごとに、意味あるセンテンス部分を抽出・「切片化」をし、「一行見出し」を付けるまでを一次分析とした。次に、得られた「一行見出し」を類似性、共通性、近接性に基づいてグルーピングをし、グループごとに「名札」をつけるまでを二次分析とした。それらを、さらに高次のクラスターとしてまとまる場合は、まとまりをつくり、「表札」をつけるまでを三次分析とした。
    ⑤ 倫理的配慮
    インタビュー調査に先立ち、各園の施設長と保育士の先生に事前に研究目的と内容、具体的なインタビュー項目について丁寧に説明した。加えて、インタビュー内容の録音の可否についても確認をしている。その上でインタビュイーとしての協力に承諾を得た場合に、インタビューを実施した。インタビューの途中での中断、及び答えたくない質問には答える必要は無いこと、そしてそのことによって何ら不利益を被ることは無いこと等々、倫理的配慮についても十分な説明をして同意を得ている。なお、本研究は、研究代表者が所属する東洋英和女学院大学の研究審査委員会において研究倫理の審査を受け、承認されている。
    (2) 結果と考察
    要保護/要支援の子どもについて、日中の保育と観察を保育園に依頼し、保育園が受託する過程及びその後の継続的連携は、児童相談所や市・区の行政と連携が出来ている地域と、あまりできていない地域とのかなりの差が見られた。また、在園児について、例えば、母親の友人が児相に通報し、身体面の観察を通した虐待の有無を児相が保育園に確認するなどのケースも見られた。
    対応ケースとして、増えてきているのが、要保護/要支援までは行かぬものの、親側のメンタルな問題、一人親家庭、内縁関係のパートナーとの不和、経済的な厳しさ、親の性格傾向(他罰傾向など)や子育て観等々に起因して生じている「不適切な養育に近い」子どもへの対応の問題が挙げられた。いずれの場合も、保育者は、親を責めることなく、むしろ、親の聞き役や相談相手的な立場をとっていることが多かった。また、両親ともに専門職で、知的にも経済的にも安定している家庭においても、不適切養育のリスクが存在していた。
    不適切養育のリスクのある子どもでも(子どもほど)「毎日保育園に通ってさえいれば」食事や睡眠(午睡)、保育者との安定した関係性、遊びの時間など、安心安全な空間と時間が持続的に提供される。そして保育士との一貫した個別的関わりを通した愛着がはぐくまれる。そのため、保育士は、とにかく子どもが毎日保育園に通園し、保育園での生活の中で様々な経験をし、習慣を習得し、発達していくことへの支援を最重要視していた。
     気になる子どもについて、担任のみならず、保育園全体、保育士全員で定期的ミーティング等の場で共有をしている保育園は、担任や若手保育士が抱え込まないように、園長先生、主任先生が組織作りをしていることが一つの特徴として挙げられる。
     保育園、保育士自身に求められる支援としては、(定期的な巡回相談ではなく)いつでも相談できる心理職やSWからのコンサルテーション、加配の充実、児相・市区の行政・要対協などとの情報共有と緊密な連携と相互支援などが主として挙げられていた。
     調査項目ごとの具体的な結果や、それらを踏まえた考察については、研究報告書に詳述している。

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