文献・研究等の収集と分析

2019年度研究

  • 児童虐待に関する文献研究 社会的養護における子どもの喪失体験

    研究代表者名 増沢 高(子どもの虹情報研修センター)

    1.目的
     近年、虐待を受けて社会的養護を必要とする子ども達が増加している。子ども達の多くは、虐待等の不適切な養育の結果、愛着やトラウマなどの心的課題を抱えている。同時に養育環境の変化や愛着対象との離別等による喪失体験を繰り返しており、施設入所や里親委託さえも、それまでの環境からの離別による喪失を体験することとなる。しかし愛着やトラウマ等の心的課題に比べて、喪失に焦点をあてた文献や研究は少ない。そこで本研究は、子どもの喪失体験に焦点を当てた文献や研究をレビューし、喪失の子どもに与える影響等について、文献や研究報告を通して整理する。さらに社会的養護の元で暮らす子どもの喪失について、戦後の戦争孤児から現在の虐待を受けた子どもの喪失体験とそれが及ぼす人生への影響等、文献や研究を通して分析、整理することを目的とする。
    2.方法
     まず、心理学事典等で「喪失」の概念整理を試み、次に「喪失」「死別」「離別」「分離」×「子ども」「児童」「施設」「社会的養護」をキーワードにインンターネットおよびCiNiiで著書、論文等を検索し、喪失に関連する内容のものを収集した。さらに収集した著書等の引用・参考文献をもとに拾い切れていない著書等を収集した。
     収拾した著書等について、子ども一般を対象として喪失が述べられたものと社会的養護の子どもの喪失体験に関するものに分け、分析を行った。
    3.結果・考察
     分析した結果と考察の概要は以下のとおりである。
    ① 子どもの喪失体験についての文献の多くは、親等の重要な対象との死別や離別を扱ったものが多いが、喪失の悲しみや悲嘆は、重要な他者の喪失だけに限定されるものではない。例えばGoldman(2000)は、①関係の喪失、②物の喪失、③環境の喪失、④自己の喪失、⑤習慣の喪失、⑥将来の喪失、⑦大人からの保護の喪失という7つの喪失に分類している。また髙橋(2016)は「別離としての喪失」「心理社会的な喪失」「あいまいな喪失」の3つの視点で整理している。
    ② 子どもの喪失への対応に必要なものとして、Bowlby (1980) は、第1に、喪失前に子どもが両親と適度に安定した関係を結んでいること、第2に、子どもに正確な情報が与えられ、家族と悲哀を分かち合ったりすることが許されること、第3に、親密な代理者が存在し、子どもの慰めになり、その関係がその後も維持されるという保証があることと述べている。James & Friedman(2001)は、喪失を経験した子どもに必要な対応は「彼らの悲しみに寄り添い子どもの話に十分に耳を傾けること」とし、その逆の「適切ではない対応」として、「泣いてはいけない」、「喪失の置き換え(代わりのもので補う)」、「1人で悲しみに浸れ」、「強くあれ」、「忙しくせよ」、「時間がすべてを癒す」という支援者側の姿勢であると指摘している。
    ③ 戦争孤児と高度経済成長期以降の虐待等によって施設入所となった子どもとでは、親との死別の有無という点で本質的に異なるとの認識が一般的だが、Goldman(2000)の定義する喪失を踏まえると、両者には共通した喪失のテーマがある。それは、関係性の喪失、それまでの家や環境の喪失、逆境状況における自己の喪失、習慣の喪失等である。
    ④ 社会的養護における子どもは、さらに多くの喪失体験を繰り返す可能性がある。それらは以下のようなものである。
    ・ 入所・委託による、それまで自分を支えてきた諸要件(友人、活動、家、家具、地域など)の喪失
    ・ 担当者の変更や施設の措置変更、里親家庭の変更等の新たな喪失
    ・ 環境の変化や対象との分離を繰り返すことによる自己一貫性や自己の歴史性の喪失
    ・ 子どもの過去に関する「協同記憶」が、再生されにくく、これも自己一貫性や自己の歴史性の喪失につながる
    ⑤ 過去の外傷体験が、自分の存在価値の喪失となり、特にアイデンティティの課題に向き合う思春期・青年期の子どもにとっては、実存の危機となる。
    ⑥ 喪失を乗り越えるための意義ある取り組みについて述べられた見解を以下にまとめる。
    ・ 彼らの悲しみに寄り添い、子どもの話に十分に耳を傾け、彼らの言葉にならない複雑な思いを想像し、受け止めていく姿勢が基本となる
    ・ 入所・委託の際に、それまでの暮らしで子どもを支えてきた大切な人やものや活動等の諸々を入所・委託後もつなぎ、継続できるよう充分な配慮と対応をすること
    ・ 措置変更や養育者の変更を可能な限り避け、それがどうしても必要な場合は、例えば「ならし保育」など、移行に伴う手だてを十分に行うこと
    ・ こどもの過去の思い出などを養育者と子どもと共有し、支援者との協同記憶としていくこと
    ・ 幼少期の逆境状況による外傷ストーリーの回復過程において、時に思春期・青年期に生じやすい実存的絶望について深く理解し、寄り添い、粘り強く支えること

    報告書ダウンロード