文献・研究等の収集と分析

2020年度研究

  • 虐待の援助法に関する文献研究(第10 報) 児童虐待に関する法制度および法学文献資料の研究 第9 期(2017 年4 月から2019 年3 月まで)

    研究代表者名 吉田 恒雄(駿河台大学)

     本研究は、2017年4月から2019年3月までの児童虐待に関する法令、判例及び法学研究の動向を分析し、虐待対応の動向や研究の意義を法学、社会福祉学、心理学等の観点から明らかにすることによって、その後の児童虐待問題に対する法的対応に与えた影響を探ることを目的としている。
     今期の重要な動向として、2017年の児童福祉法等の改正や関連分野の法律の成立・改正がある。2017年の児童福祉法等の改正では、2か月を超える一時保護に対する家庭裁判所の承認制度や在宅指導措置に関する勧告制度が創設ないし改正された。関連法として民法における特別養子縁組制度や母子保健法の改正のほか、成育医療基本法が成立した。通知としては、2016年、2017年の改正児童福祉法施行のための多くの通知が発出された。その後、東京都目黒区や千葉県野田市、北海道札幌市において重大な児童虐待死亡事例が発生し、社会的にも重大な関心事となったことから、国は関係閣僚会議を開催して重大な決定を公表し、機関連携や居所不明児童の安全確認等に関する通知が数多く発出された。これらの動向は、2019年の児童福祉法等の改正につながることになる。
    判例の動向としては、児童福祉法分野では、揺さぶられ症候群(SBS)をめぐる事件で入所措置承認申立を却下した事例や一時保護の延長を認める審判例が、民法分野では親権喪失事件で原審と控訴審で判断が分かれた事例が公表された。行政法分野では、一時保護の違法性を争う事例が依然として多く、里親委託解除の違法を争う事例も増えてきている。刑事法分野では、司法面接(協同面接)の結果と証拠能力・証明力の判断に関する裁判例、性的虐待やSBS事案で判断が分かれた事例、強制わいせつ罪に関する判例の変更等が注目される。
     研究活動としては、児童福祉法分野については、関連学会において司法関与に関連する改正法の内容や課題に関するシンポジウムが開催され、学会誌には、児童相談所における弁護士配置や一時保護をめぐる論考が掲載された。北欧や中国等における児童虐待防止法制度の動向が紹介され、児童虐待問題に対する介入的傾向の当否を比較法の観点から論ずる書籍や特集が編まれた。民法分野では、成年年齢の引き下げに関する民法の一部改正法が成立する一方、特別養子縁組制度の改正が議論され、これら法改正に関する解説書や論考が数多く公表された。また、慈恵病院が導入の検討を表明した内密出産制度に関する議論も活発化した。刑事法分野では、実体法の領域で、児童福祉法や民法の改正さらには性犯罪処罰規定の改正などによる刑罰法令の解釈・適用への影響がたびたび議論された。手続法の領域にあっては、SBSを理由とした子どもの死亡にかかる刑事事件において事実認定のあり方が問題とされ、児童虐待の刑事事件における捜査機関の活動のあり方、司法面接(協同面接ないし代表者面接)への関与や検察による加害者の改善・更生の取組などにつき前期に引き続いてたびたび取り上げられるとともに、警察の介入による虐待の防止との関係も一段と活発に議論された。行政法分野では児童虐待に対応する諸機関の連携につき、情報共有や強制的介入のあり方が具体的な事例を素材として考察されるとともに、国家活動全体を視野に入れ、立法・司法・行政に分節して相互の関係を問う考察がなされた。 
     児童福祉、保育・教育といった子どもの生活に直結する分野では、2016年の児童福祉法改正を踏まえた施策が具体化し、同時にその効果測定への関心が調査や研究に現われ始めた。加えて、児童虐待死亡事例の衝撃は、児童福祉、保育・教育の両分野において、「児童虐待防止対策の抜本的強化」を推し進める動機として見て取れた。社会的養育では、2016年改正を受けて子どもの権利条約の精神に則り、子どもの家庭養育優先原則が明示されたことにより「新しい社会的養育ビジョン」が公表され、社会的養育推進計画の策定の通知が発出された。「ビジョン」では在宅支援が虐待対策の柱の一つとして着目され、代替養育ではフォスタリング機関事業と里親制度の充実強化等が示された。医療・保健・心理分野では、子育て世代包括支援センターが法定化され、チャイルドデスレビューによる虐待のエビデンスに関する議論が活発化した。
     これらの分野については、主要な判例、文献、調査研究に関する解説とともに、資料として、児童虐待関連通知および判例、文献リスト、児童福祉に関する年表および司法統計資料を付している。
     SBS問題や一時保護をめぐる手続、子どもの権利擁護、社会的養育推進計画の実施等、残された重要課題のほか、新型コロナウイルス感染防止に伴う孤立や貧困問題など、新たな課題も生じている。これら児童虐待をめぐるさまざまな課題への対応には、公私の取組みの充実や関係機関の連携が今後ますます求められるところから、調査研究の成果を共有し実際の対応に活かすには、児童虐待防止関連法分野に関する文献学的研究の重要性は、今後さらに増していくものと思われる。

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  • 子ども虐待に関する文献研究 親の精神疾患と子どもの育ち

    研究代表者名 長沼 葉月(東京都立大学)

    1.目的
     精神疾患のある親と暮らす子どもがどのような体験を積み重ねて育っていくのか、どのような支援が有用なのかに関して示唆を得ることを目的とした。
    2.研究の内容
     まず、海外の文献から精神疾患のある親と暮らす子どもの体験に関する研究や支援の取り組みの在り方について重要な要素をまとめた。次に和文文献から、精神疾患のある親と暮らす子どもの困難と必要とされる支援について、子どもの目線からの文献を取りまとめた。先駆的な支援実践例についてもまとめた。子どもの困難が顕在化してくる学齢期に関しては、学校が重要な役割を担うこととなるため、既存の調査報告書やスクールソーシャルワーカーの実践活動事例集を素材として分析を行った。また支援に有用な絵本について検討した。
     海外の文献のレビューからは、精神疾患のある親と暮らす子どもは、そうでない家庭で育つ子どもと比べて精神医学的な問題を抱える割合が高いことが報告されている。生活上の困難としては、「親の心の病に対する子どもの理解や不安」、「子ども自身の困難」、「親子の関係の問題」、「対処戦略の変化」、「社会的交流の問題」が挙げられた。そして、必要な支援要素として①精神疾患やその影響について十分な説明があること、②信頼できる大人と話をする機会があること、③一人ではないことを知る機会があることが挙げられた。海外で行われている家族参加型プログラム、ピアサポート、オンライン介入、ビブリオセラピーのそれぞれの具体的なプログラム例についても紹介した。
     次に日本における子どもの体験として、子どもが幼い頃から訳の分からぬまま親の症状を見るしかない生活、世話をされない生活の苦しさに直面すること、思春期以降も精神的な不安定さを持ち、我慢を強いられ、安心できる人や場所がないことや支えられない苦しさを抱えること、そしてそれらが青年期以降の生きづらさにつながることが示された。子どもに対して親の精神疾患に関する説明があるかどうかや周囲の大人が状況をどう捉えているかで、子どもへの影響が大きく変わることや、援助を求めづらい社会構造があることが指摘された。その上で子どもに対する調査から、望ましい支援の要素として精神疾患に関する理解や親の症状に巻き込まれないように保護されること、生活面での世話、家族相互の愛情、親と距離を取り自分のための時間を過ごすこと、他者からの継続的な支えについて挙げた。
     学校教員を対象とした調査からは、教員の気づく目が重要であること、小学生と中学生では子どもの示すサインが異なることが示唆された。またスクールソーシャルワーカーの実践事例集からは、スクールソーシャルワーカーが関わる事例は子どもの不登校や、家庭の衛生環境が悪化してゴミ屋敷化するなど、問題が顕著になってからの介入であることが多かった。支援としては継続的に粘り強く家庭訪問を繰り返して親との関係を構築してから、様々な支援の利用に至ることが多く、特に未受診の親に対するアウトリーチを誰がどのように担当するべきかという課題が示唆された。
     以上から以下のことが示唆された。精神疾患のある親と暮らす子どもは、その年齢に応じて様々な困難に直面する。親の精神疾患について子どもの状況に応じて対話を重ねることの重要性が示された。同時に、親と子の生活を支えるサービスと、子どもが自分のための時間を過ごせる居場所の必要性が示唆された。

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